およそ、人類文化が生み出し育んだ「本格推理」というジャンルにおいては、まず事件があり謎があり、そこへ推理と知的類推をもってして伏線を回収し謎を解き、人間や社会の深遠さを浮かび上がらせる文学手法のはずである。
が、しかし。
この映画『八つ墓村』(1977年)は、そうは問屋がおろさない。
横溝正史原作を、オーバーキルのチートで越えてしまい過ぎた。
なんてったって、監督は「あの」野村芳太郎氏だ。
『震える舌』(1980年)では三木卓氏の、破傷風に見舞われた家族を描く文芸小説を、『鬼畜』(1978年)では、あの松本清張原作の社会派サスペンスを、次から次へと「謎のホラー映画」に塗り替えてしまう、野村監督である。

『鬼畜』では、緒形拳演じる中年男性に子どもを殺そうとするシーンで、神社の境内でその少年の口に毒入りパンをねじ込んで「食えっ! 食えぇえええっ!」と絶叫させた野村監督。『震える舌』では、破傷風という病気がもたらす恐怖に警鐘を鳴らそうとフルパワーで演出したら、警鐘ではなくフルオーケストラを鳴り響かせてしまった野村監督。嘘偽り無く『震える舌』は、70年代邦画のオカルトホラー映画ベストだと思うが、そこで第二位を選べと言われれば、そっと選ばざるを得ないのが本作『八つ墓村』なのである。

『八つ墓村』はもちろん、日本推理文壇の巨匠・横溝正史最大の名作であり(優劣はつけられないが、目安として「15回のメディアミックス化」は意義が大きい)「津山三十人殺し」をベースに(横溝作品は大衆娯楽として、冒頭に、日本の犯罪史で起きた怪事件を枕にすることもある。『悪魔が来たりて笛を吹く』帝銀事件など)その、さらに数百年前に起きた、村全体の落ち武者狩り事件の怨霊が、村全体に祟っているではないか、が本作を包み込む怨念として、上手く機能している。

「怨念や怨霊の仕業にしか見えない、怪奇な連続殺人が、実は『生きている人間』が抱く狂気や欲が正体であり、そちらの方が恐ろしいのだ」というロジックは、この手の推理ジャンルの王道で、この時期角川映画石坂浩二主演・市川崑監督の『犬神家の一族』(1977年)で先陣を付けた「横溝原作・金田一耕助ジャンル」においても、その文学性方程式は、不文律として機能していた。

この時期東映も、西田敏行氏を金田一役に据えて、斎藤光正監督で『悪魔が来たりて笛を吹く』(1979年)を製作したが、それらはあくまで「角川・石坂金田一の亜流」であり「追従」という認識を拭えず、二番煎じの感を逃れられないレベルの評価に落ち着いていた。

ところが。この「松竹・野村監督版『八つ墓村』」は、その主演・金田一耕助役に、松竹では既に『男はつらいよ』シリーズ一本に絞り込み始めていた喜劇役者を卒業した巨匠役者・渥美清を迎え本気を出した。
どの程度の本気かといえば、まさに完全犯罪を目指す犯罪者が、法律の盲点を突くような形で(本当か?)横溝作品の(というか『本格推理小説ジャンル』の)「意味の無さ」を、暴き描いたのである!

物語クライマックス。
この映画の事実上の主人公である寺田辰弥(萩原健一)が、延々と、出口もない鍾乳洞の中で、小川真由美演じる「刃物を振りかざした女般若」にただただ追いかけられるのである。
女般若とは、比喩でも例えでもない。
明確に(その寸前までは普通の大人しい淑女だった)小川真由美が、事件の犯人であることがショーケンにばれたとたん、『不良少女とよばれて』(1984年)の伊藤麻衣子『狼男アメリカン』(1981年 原題:An American Werewolf in London)のDavid Naughtonのように、血の涙を流しながら「女般若に変身」するのだ。

そりゃショーケンは驚く。
っていうか、当時まだ小学生だった筆者も驚いたし、周囲の観客も息を呑んだ。普通はそこで、警察か名探偵が現れ「さて皆さん」とか言い出し犯人を押さえるか、推理で追い詰め自白させるか、それが王道だし、実はこの作品も、原作ではちゃんと「それ」をやっているのだが、そこはそれ。「破傷風の恐ろしさ」を渾身で描こうとした結果、子どもを病人主人公にした闘病ジャンルのはずの『震える舌』が、『エクソシスト』(1974年 原題:The Exorcist)を余裕で凌駕するレベルのオカルトホラー映画に仕立て上げた野村監督である。

かくしてこの映画のクライマックスにおいては、一方で「刃物をブン回す小川真由美の女般若に全速力で追い掛け回され、いろんな意味で死に掛けながら、鍾乳洞の中を絶叫しながら逃げ回るショーケン」と「鍾乳洞の入り口で、村人を集めながら淡々と、のんびり謎解きをする金田一」という、世にも奇妙な「サスペンス本格推理のクライマックス」が出来上がってしまうのだ。

確かに「実は推理小説の名探偵は、事件を未然に防ぐことが出来ず、後から解釈を付け加えるだけの存在でしかない」は、メタ的テーマとして意義があるし、ショーケンと小川真由美が入り込んだ鍾乳洞は、中が複雑なので、おいそれと二人を探しに入っていくのは逆に危険だというロジックも分かる。

ただ、さらにこの映画(原作ではない)が凄いのは、そもそも「何百年も昔に、村人達に殺された落ち武者達の怨霊の祟り」に見せかけた、遺産相続目当ての連続殺人だったはずの骨子プロットが、いざ、名探偵の推理によって蓋を開けてみれば「怨霊の仕業に見せかけた連続殺人のように見えて、実はこれはやっぱり本当に怨霊の祟りだったんじゃないかとしか、思えないんですねぇ」で締めくくっているところ。

「怨霊の仕業に見せかけた、連続殺人に見せかけた、祟り」野村監督が描きたかったのは「そこ」なのだ。
角川や東映が「おどろおどろしい怨念に見せかけた、人間の恐ろしさ」を描こうとしたのに対して、野村監督はまたしても「一歩踏み込み過ぎ」てしまったのだ(笑)

確かに、似たような題材を扱って、他社の二番煎じをやってもそこそこの数字は稼げるかもしれないが、それは負けを意味する。他者が手がけた表現を、被せで自分がやっても意味は無く、誰がやったって同じ結果しか呼ばないのも自明の理だ。

だからなのだろうか。
 この映画は「やめておけばよかったのに」レベルで「他の映画会社の横溝金田一映画には無い独自性」に溢れている。
「津山三十人殺し」を題材にした小説は他にもたくさんあって、映画になった例では、故・古尾谷雅人主演の『丑三つの村』(1983年)などあるが、この映画は、その「津山三十人殺し」そのものが「何百年も昔に、村人達に殺された落ち武者達の怨霊の祟り」そのものであり、本作のメインストリームを占める連続殺人も、その祟りだという解釈で終わる。

エンディング間近。
落ち武者達を殺した村長の子孫の豪邸が、滅び炎上していく炎を見下ろしながら、落ち武者達の亡霊(演ずるは、この人なくして70年代映画は語れない夏八木勲、そして田中邦衛、佐藤蛾次郎)が、高笑いしながら終焉を告げる。

「何を撮っても究極のオカルトホラーにしてしまう巨匠・野村芳太郎」の狂気人生は、『拝啓天皇陛下様シリーズ』(1963年~1964年)辺りから既にはじまっていたのかもしれない。

面白いのは「一見、怪奇現象やオカルティックな怨霊の仕業に見せかけた科学犯罪を、科学捜査の力で解決する」をテーマに製作された、この映画より一昔前の、円谷プロダクション制作子ども向けテレビドラマシリーズ『怪奇大作戦』(1968年)の『霧の童話(脚本・上原正三 監督・飯島敏宏でも、全く同じテーマ、骨子が描かれていることだろう。

こちらはもっと明確に、津山三十人殺しとは全くの無関係のまま、「何百年も昔に、村人達に殺された落ち武者達の怨霊の祟り」を、村を観光地開発しようとした業者を脅すために、村の老人達が利用したという筋書きだが、こちらの村もまた「理屈や科学では解明できない」レベルでラスト、村が滅んでいる。

野村監督が『八つ墓村』を撮る時に『霧の童話』を見ていたかどうかは定かではないが、日本は、日本人は皆均等に一人として逃れることなく、その「原罪」の下に生まれ生きているからこそ、こういうテーマが同時多発で産み落とされるのかもしれない。
かつて縄文時代に無数に存在していた現住民族は、大陸から侵略してきた騎馬民族に全て抹殺され、その騎馬民族はやがて自らを大和民族と名乗り、まるで、最初からこの土地に生れ落ちて派遣を握っていたかのように神話や伝承を偽造して、口裏を合わせ国を栄えさせたという。

「祟りじゃ……八つ墓村の、祟りじゃああ!」

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