一方で、ミシマは引っ越しという形で、人生の再スタートに踏み出していた。
丸山も、読者も気付くべきだったのだ。
22歳の女性が、仕事の情熱に目覚めながらも、人生の再スタートを物理的に始めるということは、どれだけクールに、冷静な表情で「へーきだよ!」と振る舞っていても、そこに至るまでに地を這うような苦しみと戦った結果の、「決して動かない結論」であることを。
しかし、丸山は自分の寂しさへの恐怖と不安、ミシマを失いたくない一心で、必死に懸命にミシマを揺さぶる。そこにはもう、相手への優しさはない。自己愛と駄々っ子の屁理屈が、大人のテクニックで容赦なく繰り出されるだけなのだ。
ラスト。駅のホームでの別れ。
恋愛物語でありがちな、そして実在した何万、何十万というカップルにありがちな、どこにでもある光景。
握手でお別れしましょうと、笑顔で手を差し出すミシマ。
そこで丸山は賭けに出る。
「こんな簡単に 握手なんぞして キレーに終われっかよ!」
入江紀子『猫の手貸します』
そのモノローグと共に、全てを切り替えて、再出発しようとするミシマの情を引っ張ろうと、最後の悪あがきをする丸山。
女にフラれたことがある男性であれば、誰もが若い頃に身に覚えがあるだろう、醜く器の小さな、そして情け容赦ないセコイ攻め方。
最後の会話を交わしながら、丸山のモノローグがテンパっていく。
「もう少し何か言ってくれよ」
入江紀子『猫の手貸します』
そして、言葉では「俺じゃなくてもよかったのか? 居なくてもいいんだな?」と、最後の必殺技を出しながら、モノローグでは
「泣け! もう一押し 泣け!」
入江紀子『猫の手貸します』
とピークに達した瞬間。