前回は『市川大河仕事歴 映像文章編Part1』

志大きく抱いて、撮影所へ向かい、打ち砕かれた僕の家の電話が鳴った。
かけてきてくれたのは、その現場でご一緒した、制作主任の平増氏であった。
平増氏は半分からかうように、僕を労ってくれた。

「お前はさァ。力み過ぎただけなんだよ。力み過ぎるのを防ぐにはどうしたらいいか分かるか?」

「いや……分かんないですね。今の僕には」

「力めないぐらい、体力を削ればいいんだよ。考えたり悩む暇や、恥を思い出す暇もないぐらい、次の仕事のことを考える環境であればいいんだよ。どうだい。俺の下に就いてみないか?」

「平増さんの下……というと?」

「俺は基本、S社のO山さんの流れで仕事をしているが、実際は他社の仕事含め、現在進行形で何本もの現場を並行して回していかなくちゃいけない。そうなると、部下がいないと一人じゃ成り立たなくなる。助監督とか制作進行ってのは、基本的には当然クランクインからアップまで班に就くのが慣習として当たり前なんだが、俺の下に就いてくれる場合はそうじゃない、完全に、俺の下で指示に従って、日替わりで現場へ行ってもらって、任務単位で現場を渡り歩く。本来作品一本単位の筈の報酬は、別途計算で俺が保証する」

「いやいや、平増さん。ただでさえ現場は仲間意識が優先されるのに、そんな立ち位置の助監督なんて、存在自体許されるんですか?」

「時代は変わってるんだよ。それにな。どんな現場だって、サードが一人で回せる時もあれば、キャパ的に数人いないと回せない状況も出て来る。そういう時、巧くそこで仕事をすれば、貸しも出来るし金にもなる。どうだよ。やってみねぇか」

正直、良い方悪い方で迷った。
絶対的に「その立ち回り」は、映画の世界や業界では異端だし、まっとうとは思えない。しかし、その頃時代はバブルの真っ最中で、全日本人が、このまま日本は永遠に世界を席巻する好景気で君臨すると確信していた時代。
景気が潤沢すぎる時代においては「会社なんかにゃ縛られない。一つの企業で人生を捧げるなんてバカバカしい。やりたい時にやりたい事をして、お金が無くなったら仕事は有り余ってるので、好きな時間に好きな仕事をすればいい。それが『あらたな時代』の『ワーカー』」そんな「フリーター」という生き方が、新たなライフスタイルとして脚光を浴びて、未来に至るまで「労働」の概念を覆すと、誰もが信じていたあの時代。
だからこそ、僕もその「平増式師弟関係助監督」もまた、ある種の「映像業界のフリーター」のような新機軸だと思えたのかもしれない。
少し躊躇したが、僕は平増氏のオファーに乗っかってしまった。

さて、次の日から僕の日常は、上を下へのドタバタコメディのようになってしまった。
下手をすれば、毎日毎日、行く現場が違う。

「大河、明日は川崎の工場地帯で、暴走族同士がバトルをするシーンのドラマ班へ行ってほしいんだ。大量のトラ(エキストラ)がいるから、セカンドの指示に従うように」

今日はVシネ、翌日はサスペンス、次の日は子ども向けヒーロー物で、翌日はアダルトビデオ。
そんな一週間も珍しくない。現場で仕事仲間と仲良くなる暇もない。
ジャンルがどれだけ違っても、サード助監のやる仕事に大きな違いはない。
だからだ。前回も書いたが、僕が助監督で参加したことを、関係者が知らないと言っているから詐称だと言われるのは、そんな仕事の在り方がイレギュラー過ぎて、誰も覚えているわけがないからだ。
実際、当事者の僕の側でも、正確に何本やったかなんて覚えていない。

その日の撮影が終わって、居酒屋で明日の打ち合わせで酒を飲み、帰宅するのは深夜3時で、その3時間後には、どのジャンルの、どんなロケでも、集合場所は必ず朝6時に新宿スバルビル前なのはなんでだろうとか、そんな疑問も感じないほどであった(聞くところによると、今は新宿スバルビル(2019年解体終了)前跡地は、ロケバス集合場所にはなっていないらしい)。

僕の人生で一番多忙だったのは、この時期で間違いはない。
多分、この時期をいろいろ回顧して時代ならではのトリビアや、ドラマや映画の舞台裏の逸話を語れば、きっと誰もが面白がれる一冊は書けるだろう。まぁ依頼があればだが(笑)

かつての新宿スバルビル前

なので、僕は日々「平増指令」で次から次へと、単発で現場を渡り歩くという異質な立ち位置の助監督であったから、僕はしっかりと「〇〇組」や「〇〇班」に、正式に組み込まれたことは殆どなかった。
そりゃ、僕をチームの一員として認知していた、当時の映画関係者がいるわけない、というのが「アンチによる、大河助監督詐称説」の正体はこういうもんなのだ。
多分アンチは、これを読んでも「嘘乙。そんな助監督、聞いたことがない」と嘲笑するのだろうが、ギョーカイ周辺をうろうろして、顔を覚えてもらうことと、エキストラ参加することだけが生きがいのワナビでしかなく、本当の商業の現場に入ったことがない男に、伝聞だけで「時代のあだ花」的な、特殊な立ち位置を全否定するだけのコモンセンスがあるわけないだろうとしか言えない。

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