前回は『『犯罪・刑事ドラマの40年を一気に駆け抜ける!(70年代をナメるなよ)』Part5』
一方、『大都会』シリーズが事実上テレビ朝日へ移動した穴を埋めるべく、東映はその穴に対して、黒澤満率いるセントラルアーツ(東映セントラル)を派遣。集団群像刑事ドラマに飽き飽きしていたと後年語っていた松田優作を主人公にした、今や伝説になったドラマの企画を立ち上げる。
1972年に、にっかつロマンポルノ『白い指の戯れ(脚本はなんと神代辰巳)』で鮮烈なデビューを飾って以来、特に東映セントラル系の刑事アクションドラマにはなくてはならない要石になった村川透監督を旗印にして、寺山修司の伝説的な映画『書を捨てよ町へ出よう』(1971年)や、松田優作の『遊戯シリーズ』(1978年~1979年)『蘇える金狼』(1979年)等々や、数多くの角川映画などをフィルムに焼き付け続けていく、カメラマン・仙元誠三。
この二人が所属していたからこその東映セントラルが、脚本陣として、『ワイルド7』の佐治乾、『大追跡』の柏原寛司、『七人の刑事』の内田栄一、『恐怖劇場アンバランス 木乃伊の恋』の田中陽造、『ルパン三世』第一シリーズの宮田雪、大和屋竺らを招き、村川透、長谷部安春、澤田幸弘、西村潔、小池要之助といったメンバーに演出を任せて創り上げられたのが、今もまだ伝説に残る名作ドラマ『探偵物語』(1979年)だった。
優作演じる「工藤ちゃん」の『探偵物語』に関しては、さすが伝説のドラマというくらい、もはや語る隙もないほどに、様々な文献や評論で語りつくされているし、筆者自身においても「優作依存度」が半端ではないので、細々語りだすときりがないのでここではやはり、このドラマの、しかも第一話で脚本家デビューを果たした丸山昇一が書いた(といっても丸山昇一の場合、そのデビューがいきなりヘビー状態で、『探偵物語』『聖女が街へやってきた』と、同じく優作の映画『処刑遊戯』(1979年)と、相米慎二監督・薬師丸ひろ子主演の映画『翔んだカップル』(1980年)との三本の、どれが「本当のデビュー作」なのか、本人にも分からないらしい) 水谷豊ゲスト主演の『夜汽車で来たあいつ(監督・澤田幸弘)』を推しておこう。
萩原健一・ショーケンと優作は、共に『太陽にほえろ!』新人刑事としてブレイクした終生のライバルでもあったわけだが、その二人を繋いだリンク役をつとめたのが岸田森であり、この水谷豊でもあった。
岸田森氏もやはり『探偵物語』では、丸山昇一脚本『或る夜の出来事(監督・加藤彰)』でのゲストがあり、それとアレは「岸田森ハゲヅラ楽屋落ち」で括れるのでまぁそれでいいんだけど(いいのかよ!)水谷豊ゲストエピソードに関しては、すでに書いた『俺たちの勲章』(1975年)等で優作とは競演していた仲でもあり、またこの頃既に水谷が出世作『熱中時代』(1978年)で大ブレイクした直後でもあって、傷天や俺勲の頃のギラギラさが、いい感じで抜けていた頃合だったこともあり、プライベートでも親友同士でもあった優作が演ずる工藤ちゃんキャラと、飢餓感が抜けきって程よいお人好しに熟した水谷のキャラが、丸山脚本で見事に融和してウェットなコメディとして昇華されていた。
水谷豊が田舎から探しに出てきた妹が、これがまた、後に石橋凌の奥様になられる原田美枝子の若い頃で(最近の石原さとみ並に可愛い)このプロットでの、ラストの心温まる落とし方は、ある意味で、刑事・犯罪ドラマが70年代という「『ふたりだけの銀座』が産み落とした混沌」から抜け出る光明を見つけた証ではなかったかと、思ったりもするのである。
水谷と優作の交友関係は、やがて水谷主演のドラマ『あんちゃん』(1982年)における、ドラマ史上空前の「変な競演シーン」へと繋がるのであるが、それも別の機会の話。
そういやすっげぇ余談だけど、水谷豊と松田優作は共に中村雅俊とも親交が厚いのだけど、雅俊は『俺たちの勲章』『雨に消えた…』で五十嵐淳子と、優作は『探偵物語』第一話の『聖女が街にやって来た』で熊谷(松田)美由紀と、それぞれ奥さんになる女優と出会っているのである。