どれぐらいハードボイルドかといえば、犬神明はどれほどの危機に陥っても弱音をはかず、トラブルがおれのビジネスだと言い張る、つよがりの狼野郎だ。そう狼。信じられないだろうが、こいつは狼男なのさ。
どれぐらいおとぎばなしかといえば、狼男の犬神明は、拳銃で胸に風穴を開けられても、刃物で串刺しにされても、満月が近くなればなるほどその傷は速やかに治り、月に向かって遠吠えをするような、頭がおかしくなるようなタフガイなのだ。おまけに犬神明といちばん仲が良い郷子は、どんなミスユニバースよりも、美女でグラマーでセクシーで、おまけに蛇姫さまときている。こんな奇想天外な登場人物ばかりじゃあ、まるで大魔王にさらわれたお姫様を助けに、古城に向かうようなものがたりを連想してしまうだろうが、現実はいつだって非情だ。
たとえば、運悪くオカマを掘った相手の車から、殺し屋が怒り飛び出してきて、その車のトランクには、うら若いお嬢さんの死体がつめこまれていた、なんて場面から、この、ハードボイルドだか、おとぎばなしだかの物語ははじまるのさ。

死体で発見された、まりという女は、全身の血が抜き取られていて、まるで吸血鬼にでも血を吸い殺されたかのような状態。狼男も蛇姫さまもいるんだ。吸血鬼ぐらいは存在していたっておかしくない“世界”だぜ。
やがて、まりの調査をしていった犬神明は、“赤頭巾”と呼ばれる女性と出会う。
ちょっとこの作者、冗談で組み合わせを書いているんじゃないかって、さすがのおれだって神経を疑うぜ。
犬神明が乗っている車は、見た目はただのオンボロ車だ。ブルーバードSSS。しかしこいつはオプションで装備したピレリ・シンチュラートのラディアル・タイヤが履かせてあって、ミッションもレース用五速に換えてあり、百三十馬力で時速150㎞は出せる化け物に改造してある。犬神明は“こいつ”を足代わりにして、獲物をかぎまわり、トラブルの根をつぶすのさ。
やがて、狼は赤頭巾に出くわす。少女の名はミラーカ。“察しの良い人”ならば、ここでからくりに気付いてくれ。しかし、ミラーカはまりを“殺してなんかいなかった”のだ。
物語は、狼男の活躍で、その後二転三転するが、おれはさすがに肩をすくめて、やれやれだとあきれるしかない。

その次の話では、十一文の男靴ほどもある、巨大なゴキブリがトラブルの発端となった。
さすがの狼男も、どうやらゴキブリには弱いらしい。腰を抜かした姿を見るのは痛快だったが、その背景にアメリカ帝国だの、中共だのの陰謀がからんでくるとなれば、おれだって笑っていられなくなる。そうだろう?
狼がこわい生き物で、害悪だという話は悪意に満ちたデマゴギーである、と犬神明は主張する。
狼ほど情愛深く徳義節操を重んじる生物はいない。人間などよりはるかに高貴な魂の持ち主なのだ、とまで言い切る。
そんなものだろうか。
しかし、犬神明のあとをつけまわしていると、それもあながち嘘じゃないと思えてくるから不思議だ。

だからってわけじゃないが、このおれだって、映画屋仲間で、古今東西の映画のなかで、どれよりも一番『Phantom of the Paradise』を愛する、奇妙なお嬢さんの三留まゆみ嬢などからは“ウルフマン”などと、親しみをこめて普段から呼ばれているが、それは決して“ぶべつ”じゃなかったのだと、この“ウルフガイ”に免じて栄誉とおもうことにしようじゃないか。
そうさ。おれも犬神明もお人好しの狼男だ。こすっからい血も涙もない人間にあったら、手もなくひねられるくらい純真で頭が足りないのだ。笑わば笑え。さあ笑え。
しかし、おれほど間抜けじゃない“ウルフガイ”の方の犬神明は、一度情が移ったフーテン少女を奪還せんと、米軍基地までのりこんで、二千度の火炎攻撃や、最新バイオ兵器の実験、またしても、拳銃や自動小銃の弾丸が横殴りにふりそそぐ中を、少女を救うために戦い、結果、もう一人の女性を救えず終わる。

芸能界だって、一歩裏を覗けば、薄汚いどぶねずみの巣窟だ。暴力団だってからんでくる。
出版界だってそれは“同じこと”だ。
実はおれはあとから知ったのだが、この『狼男だよ』という作品自身は、最初に出版された1969年には、ウルフガイよりもウルフマンよりも、派手な騒動を巻き起こしたらしい。それが、SFファンが後々語り継ぐことになる「『狼男だよ』改竄事件」だそうだ。なんでも、この小説の内容だか、書いた作家先生だかが気に入らなかったのか、それとも文学病をこじらせたのか、担当編集が、妙な“やる気”をみせたからか、文庫本一冊の中で、800か所という、ありえないレベルで、ありえない嫌がらせのような(ちょっと文末を変えてみたりだの、本当にそんなことばかり)の改竄事件が出版社の方がやらかしちまって、作品が子なら、作者は親だ。親たる平井和正氏は大激怒して、出版社相手に八か月の大奮闘と交渉を続け、最終的には文庫版は絶版。平井氏は業界を干されるという浮世の常に放り出されたってわけだ。

知る人ぞ知る、ウルフガイ・シリーズ第一作『狼男だよ』を出版後、僕は文壇史上稀な大改竄事件に巻き込まれ、すんでのところで作家生命を失いかけました。小生意気なチンピラ作家が、大出版社に盾突くと、そういう目に遭うのです。自分の作品をズタズタにされ、汚されて、文句をいったからというので、消されかけたのです。予期した通り、注文はバッタリとだえました。噂に聞いていた<干される>という事態を実体験として持ったわけです。文筆以外に脳のない僕ですから、乞食になって橋の下暮らしも覚悟しました。 

祥伝社 NONノベルズ版『狼男だよ』著書あとがき
『狼男だよ』ハヤカワ文庫版表紙

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