【注釈】大林監督は、自らの故郷でもある、広島県尾道市を舞台とした映画を数多く撮ってきて、尾道の観光にも多大な貢献をしてきた映画監督として有名である。しかし、2005年に東映で制作された『男たちの大和/YAMATO』(監督:佐藤純彌)で使われた1/1大和のセットが、尾道の海岸で観光スポットとして流用されてしまった。大林監督は、大切な故郷が、撮影のみで消え去るべきセットで景観を汚されるばかりか、それが戦争の象徴だった大和であることを踏まえ、遺憾の意を表明した。曰く「僕の自慢は、尾道に映画の記念碑やセットを残していないことだ。映画を見た人の心に残ったものが記念碑。セットを残そうなどという提案はすべて断ってきた。尾道市にとってはそれが不満だったのだろう。「男たちの大和」という映画がふるさとで撮影されたことは、誇らしく思う。僕の尾道での撮影スタッフも協力した。でもセットは残すためのものじゃない。スクリーンに映し出されて初めてリアリティーを持つ。単なる張りぼては、夢を壊すだけではないか。恒久的に残すものとして、戦艦大和の歴史がある呉市につくられたのなら賛成するが、いかにセットを残すかばかりに気を取られた尾道市につくられたことは、大和にとっても不幸だ。小学生からも金をとって、ふるさとや戦争を商売にしている。セットが公開されているうちは尾道とは絶縁だ。これは、大林映画30年の理想に対する否定であって、怒らないわけにはいかない。僕の願いは、ふるさとがあるがままに残って欲しいということだ。高度成長期、尾道でも古いものが壊されたが、これからは古いものを残すことが資源になる。「そこにしかない暮らし」を求めて旅人は来るのだから」というメッセージを残し、故郷の尾道との決別を表明したのだった。

尾道に居座った実物大セットの軍艦大和

三留 あれはねぇ。「もう絶対(尾道には)帰らない」って、(大林監督が)すごく怒ってた。

大賀 大林監督の『HOUSE ハウス』でのデビューって、相当東宝内部では反発を呼んだらしいですけど、あれは岡本喜八監督が助け舟を出したんですっけ?

三留 そう。東宝で、外部の監督が撮るなんてことは、それまで考えられなかったからね。

大賀 それを岡本監督が「そんなのどうでもいいじゃねぇか。面白い映画が撮れればそれでいいんだろ」って上層部を説得してくれたんだよね。

三留 そうそう。でも、出来た映画(『HOUSE ハウス』)は、(岡本監督には)どこが面白いのか全く分からなかったんだって(笑)

大賀 でも、そこからスタートして、大林映画、ある意味「尾道映画」っていうジャンルを確立して、見方を変えれば尾道という土地と共存して映画を撮ってきた大林監督が、大和の一件でその故郷と決別するまでに至った背景には、現代がどんどん右傾化していって、戦争を美化する傾向が加速した結果、さっきも言ったような「もはや戦後ではない。戦前である」みたいな社会になってしまったことも、関係があるのかなと思う。

三留 大林さんは、戦争を知っている世代なんで、そこはやっぱり譲れない部分があると思うな。大林さんってすごく、そういうところ(反戦イデオロギー)からは遠い存在だとみんな思ってただろうけども、そうじゃないし、胸中には常にそれ(反戦)があったし、戦中、戦後を肌で感じた世代だから、そこは絶対に譲れないっていう気持ちはあったんじゃないかな。それは重い物だったんだと思う。で、その「重み」ってのは、どんどん大きくなっているでしょう? 今(対談当時2019年)作ってる映画(『つばき、時跳び』2019年)も、歳をとるごとにっていうか、でも、そうせざるを得ない状況に、今(社会が)なってきているわけで……。

次回は「三留まゆみ×市川大賀 第十一夜「三留まゆみと自民党政権と」」

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