なんというか、今年は本当に不思議な年なのである。
54年も生きていると、様々な「人の縁」と、結ばれたり離れたりを繰り返して、離れそうな縁を努力や職務で繋いだり、離さなければいけない縁を離せなかったりしながらいきるのが常なのだが、どうも今年に入ってから、その「縁が繋がる」「縁が離れる」の繰り返しに、大きな波があり過ぎるのだ。実は、9月に入ってしばらくまでは、むしろ「人との縁が切れる」が続いていた。
調子のよいこと言って、無礼な真似をする人や、此方が迂闊な言動をしてしまい、離れていく人など「縁を失う」がたて続けだった。
あまり信心深くないクリスチャンなので、そこに因果律や陰謀論を持ち込むつもりはないが、これだけ続くと結構メンタルがへこたれるよなぁと、トホホとへこんでいたのもまた事実。
それがどうだろう。まぁ、もとから縁があったり顔見知りではあったという前振りがあったにせよ、10月から、なんか大河さんの縁がバズってる。
そうこうするうちに、そこで仲良くさせていただいた、声優の石野竜三さんとの縁も形になった。
石野さんは、声優ファンには『新機動戦記ガンダムW』(1995年)の張五飛役や、『戦国BASARA』(2005年)の長曾我部元親役などで、声優界の重鎮でもあるが、一方で、落語や演芸、江戸の風習や伝統芸能にも造詣が深い。
筆者よりはいくらか年長だが、実に敬愛すべき好人物であり、実力者なのである。
その、石野竜三さんが、ClubHouseで運営している独自コンテンツ『石野竜三の極楽研究所』が、毎週火曜日がゲストを呼んでのトークスタイルなのだが、この度筆者が呼ばれ、晴れて昨夜の10月5日22時より、出演させていただき、楽しい時間を過ごさせていただいた。
ClubHouseのルール上、room内で話た会話やトークを、外に持ち出すことは禁止なので、その内容はroomに来てくださった方々の胸に留めていただくだけにするが、結論から言うと、筆者の「やりたい放題」が前面に出過ぎてしまって、グダグダな内容に終始してしまったことは否めない(笑)
ClubHouseでは以前からフリートークで話してはいたので、特別話しにくいとかはなかったが、逆にそれが災いしたか、とりとめのない話に終始してしまい、結果としては「こんだけの聴衆を集めてフィーチャリングトークを展開すれば、フォロワーも軽く倍には増えるだろう」とすら予測していたTwitterのフォロワー数が、逆に減ってしまうありさまに(笑)
もちろん、石野さんや宮園さんに責任があるわけもなく、とことん間が抜けたトークを展開していた筆者の自業自得(笑)
ゲストの良いところを引き出し、膨らまして一級のエンタメに仕上げる石野方程式を、筆者が崩してしまったのだからいたしかたない(笑)
でも、すごいよねと改めて思うのだ。
皆さんご存知のように、筆者のイデオロギーであったり価値観には、かなりの偏りがある。それを石野さんは、リアルタイム処理で、素早く「受け」の側で、ロンダリングして返球してくれる。このトーク技術は、アーティキュレーションやうりうり(俳優の定番練習)で養えるものではない。コミュニケーション能力の賜物だ。
また、石野さんが、つい先日聞いたはずの拙作『石枕』には、ほぼ触れてくれなかったのも、ある意味優しさなのだろう!(笑)
結局、配信時間は二時間半をこえ、ちょっとした大作映画レベルの尺になってしまったが、深夜ラジオと思えばギリギリアリな尺ではないだろうか?(いやそれでも長すぎる)
一つ分かったことは、石野竜三さんという人物は、筆者がこれまで愛してきた、松田優作や石橋凌や、市川森一や山際永三などと同じ「優れた表現者」であり、石野さんが「これは立場上言ってはいけない」と自戒してることを、筆者は野放図に言い放ってしまったのではないかという自戒は、確実に手応えとして残ったのである。
内容には触れられない以上、これ以上ダラダラ書くのも晩節を汚す晴れ舞台になってしまうので、この辺にしておくが、僕はまだまだ精進しなければいけないのは、石野さんのような「修羅場をやまほどくぐってきた、本当の表現者」に「業界人」としてではなく「表現者」として認められ。求められなければいけないということ。
それは、楽しい時間を過ごさせていただいた返礼の、大反省点として、この先のテーマにしていきたい。
聞いてくださった方々含めて、本当にありがとうございました。
追記・「80年代のドラマでは、登場人物がウィスキーを飲む時、何を使ってたか」とか、鉄板ネタの多くを話し忘れてしまいました(笑) エンタメにもっと徹するべきだったよねぇ。反省猛省!