悩んでいた。
2010年4月のその日、筆者は狭い本屋コーナーで立ち尽くしていた。
ここは東京駒沢にある、国立東京医療センター。
筆者が、原因不明の意識昏倒で救急搬送されてから二週間。
本当ならばそろそろ退院するはずであったのだが、思わぬアクシデントで退院が一気に倍の期間先に延びてしまった。
予定外の入院が、さらに長引くとなれば、いろいろ様々対応しなければいけないことは出てくるが、逆をいえば、今更ガタガタ足掻いたところでどうなるものでもなく、腹をくくって入院生活を、せめて有意義に過ごすしか選択肢はない。
そこで、せめて娯楽をと、マンモス病院に設置されている、本屋コーナーへと馳せ参じてみたのだが、さて、いざ何か、本を選ぶとなると、これがまた相当に困り果てることになった。
なにせここは街の本屋ではない。
マンモス病院の本屋コーナーであるからして、いきおい、そこでの本の品揃えも『糖尿病の食生活』だの『肝炎は治る』だの、そういう、施設の雰囲気を反映したラインナップになる。
しかも、そもそも総合スペースがキオスク程度しかないので、まるで健康オタクの本棚、という案配。
一応漫画もアリバイ程度には置かれてあるが、やはりというか、いかにもというか『サザエさん』『ドラえもん』『ちびまる子ちゃん』『クレヨンしんちゃん』というラインナップ。
子どもの頃から親しんだ『ドラえもん』以外は、どれもちょっとご遠慮願いたい作品ばかり。
それに、膨大に余る時間を潰すことが目的である場合、漫画はあまりにもサクサク読めてしまうので、逆にコストパフォーマンスが悪いという側面も持っている。
さてさてどうするかと悩んでいたところ、一冊の文庫が目に留まった。
海童尊氏著『チーム・バチスタの栄光』
2006年に発表され、第4回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞。
2008年には、阿部寛・竹内結子主演で映画化もされ、翌年には、伊藤淳史・仲村トオル・名取裕子等のキャスティングで、フジテレビでドラマにもなった話題の医療ミステリーである。
マンモス病院を舞台にしたミステリーのベストセラーを、日本随一のマンモス病院のベッドの上で堪能する。
ウン、悪くない発想だぞ、悪くない(ちょっと『孤独のグルメ』調)。
後で読みはじめて、改めて痛感したのだけれども、この小説の舞台になっているマンモス病院(東城大学医学部付属病院)と、筆者が入院した東京医療センターは、その建造物構造まで、本当に良く似ている。
シリーズで、いつも白鳥がうどんを食いに通う、天上レストラン『満天』よろしく、東京医療センターは本館最上階が、患者や来客の為にレストラン開放されているとか、シリーズ三昨目『ジェネラル・ルージュの凱旋』で舞台になる、東城大学病院オレンジ病棟の救急医療センター部署内の構造や雰囲気なんぞ、まさに東京医療センターそのまんまともいえる似具合なのである。
まぁマンモス病院なんてどこだって、似た造りになるだろうさとそれはそれで理解した上で、しかし、小説の世界施設そのものに酷似した病院ベッドの上という環境だと、やはり読んでいて臨場感が違ってくるのも事実(笑)
この贅沢さは、ちょっと言葉で表しにくいものがある。
JAL航空機内の客席で、山崎豊子の『沈まぬ太陽』を読む醍醐味ともちょっと違う(笑)
むしろ、石森章太郎の漫画『HOTEL』を、ヒルトンホテルのロビーで読む感覚に近いだろうか。
なんにせよ『チーム・バチスタの栄光』は、機会があれば前々から読んでみたかった一冊である。
これもある種の千載一遇であろうと思うことにして、いそいそと買い込んで、病室のベッドに早速持ち込んだ。
内容や評価、評論については、小説単位で、ここシミルボンにおいて、おいおいじっくり語るとして、まずは「へぇなるほど、やっぱりねぇ」と思い知らされたことがある。
この本を開いて病室で寝転がっていたり、ベッドのテーブルに乗せておくだけで
「あぁ、それ私も読みましたよ。面白いですよね」
そう話しかけてくる看護師や若い研修医の多さ。
そこはそれ、さすがにベストセラーだけのことはあるからだろうが、これを書いた海堂氏が、(このシリーズの執筆・発表当時)現役の勤務医でもあって、小説内の医療現場の描写リアリズムに嘘が少なく、現場の本職の方々からも、支持を得られているというのがあるのではないかと思われる。
冗談混じり偏見ネタだが、若い現役の医療関係者の間では、海堂氏のこのシリーズと、佐藤秀峰氏の漫画『ブラックジャックによろしく』は、共に購読率は6割を越えているのではないかと、筆者は勝手に推察している(笑)
というわけで、すんごくどうでもいいレベルの理由で、読むことを選択してしまった感は否めない『チーム・バチスタの栄光』
この、センセーショナルかつ斬新に、日本ミステリー界に燦然と登場した話題作に、切り込んでみたいと思いますですよ。
まずは今回は、ざっとシリーズ群の第一印象を記していくが、各作品を掘り下げた書評に関しては、今後シミルボンで下げていく予定で、これは予告編ととらえていただければ幸いであります。