「大賀くん! あなたTVで仕事してるわよね? だったら、TVに出るのも得意よね? ちょっと出て欲しいTVがあるんだけれども!」
唐突であった。
それ以上に不可解であった。
謎だ。日本語としてまず、その三段活用が不条理だ。平増さんといい、僕の周りはこんなんばかりなのか?
「TVの仕事をしている」ことと「TVに出慣れている」ことはまったく別の話だ。
そりゃ、内トラの経験だけは豊富だから、カメラを前にしてもものおじしない度胸だけはついているが、それと、率先してデタガリでテレビに映ろうとするというのとは次元が違う話だ。
なにがなんだか分からないが、僕はその切り出しを聞いただけで、即答で断ろうと思った。
「お願いがあるの! どうしても大賀くんの助けが必要なの! 力を貸して!」
即断即決で断ろうとした出ばなをくじかれた。どうも大賀さんは、若い頃から女性の「この手のオネガイ」には、すこぶる弱く出来ているのだ。
わかったよLady、話だけは聞こうじゃないか。
Yさんの頼み事は、至ってシンプルだった。
彼女は声優の卵として、アシスタントの仕事でラジオ局に出入りしているが、そこでとあるプロデューサーから声をかけられたという。
なんでも、時代は折からのアニメブームで、その春の番組改編期(当時は4月と10月が番組の改編期であった)からそのプロデューサーの所属するテレビ局は、一気に4本のアニメをスタートすることになったらしく、そこへハッパをかけるために、日曜日の昼間の一時間だけであるが、新作アニメ紹介の特番を組みたいという話であった。
なるほど。で?
Yさんは言った。
「基本的に司会進行は芸人さんやタレントさんで進めるんだけれども、その人曰く、お金はかけたくないけど、画面は賑やかしたいっていうのよ」
ふむふむ。どこの局へ行っても、プロデューサーなんて生き物はみんな、都合のいい事ばかり望むものだ。
「で、今コスプレがちょっとした話題になってるっていうのがあって、あたしがコスプレチームのリーダー格っていうのもあって、番組そのものを、新番組アニメを次々紹介していく背景で、コスプレ集団がパーティを開いてるって画面にしたいんだって」
はぁ。まぁそうしたいんならすればいいんじゃないですかねぇ。何も俺の出番はないでしょう。
「でも、うちのチームって基本的に、あのアニメのキャラばっかりじゃない? コスプレパーティを彩るんだったら、やっぱ多彩に、大賀くんとかがやってる特撮ヒーローとかもいないと、バラエティさに欠けるじゃない?」
いや待て。ちょっと待とうかLady。
あまり威張れる話じゃないが、俺には実はマスクの造形技術なんて微塵もない。いつものイベントでのアトラクで着ている造形物も、毎回必ず誰かの借り物だ。それに、そういうお願いだったら、それこそ破李拳竜さんとか中原れいくんに頼めばいいんじゃないのか?
「だってぇ……。竜さんとか中原さんとかに頼むとギャラが発生しちゃいそうだし……」
タダでこき使えるのはお前しかいないよって言いたいのかよ!
あんまりだよね!? それ、意外とあんまりな話だよねぇ!?
「どうにか、大賀くん、お願い! 助けると思って!」
そこで承知しちまう自分がどんだけ馬鹿なのか。
この弱点は、後々30年以上、今現在になっても大賀さんのウィーク・ポイントだったりするのだが。
しぶしぶOKはしてみたものの、俺は一体当日どんな格好をすればいいのだ?と自問自答。
……と、そこですぐさま、平増氏を始めとした、顔見知りの業界関係者が腹を抱えて笑う姿が容易に想像できた。
いかん。いかんぞ、これはまずい。
一度了承した以上、今更断るわけにもいかないが、少なくとも、日曜日の昼間の一時間だけのモブとはいえ、首都圏ローカルとはいえ、お茶の間に「コスプレイヤーでござい」と顔を晒すのは、映画・テレビ業界の下っ端関係者としては絶対タブーだ! 禁則事項だ!
かといって、今から特撮系のコスプレ友人達に手持ちのマスクやコスチュームを借りて正体を忍ばせようとしても、よく考えれば彼らの持っているアトラク用マスクは、一部のプロ級の凄腕好事家による造形物作品を除けば、上でも書いたが「盗品」なのだ。そんな代物は、出せてオタクが集まる同人誌イベントのヒーローショーの場が関の山であり、間違ってもテレビの電波には乗せるわけにもいかない。
どうする?
どうするもこうするも、こうなったら選択肢は一つしかなかった。
「今から収録日までの間に、自分で自作で、なにか顔が見えなくなる、ヒーローの造形物を作り上げて、当日はそれを被ったまま、決してマスクを脱がない!」