参さん。
あなたがこれを読んでいるということは、わたしはもしかするとこの世にいないのかもしれませんね。
あなたの背中に、笑って、怒って、そしてたくさん勇気を貰って、わたしは年をとりました。
わたしはあなたに、こんなものしか遺せないけれど、この世でわたしが愛したすべてが、どうかあなたに力を貸してくれますように。

今回紹介する『さんさん録』を描いた漫画家のこうの史代女史は、戦争と社会と、普遍的な人と人の繋がりを描いた『夕凪の街 桜の国』(2007年実写映画化)『この世界の片隅に』(2016年アニメ映画化)等が映像化されたことで、今もっとも注目を集めている女流漫画家である。
『夕凪の街 桜の国』『この世界の片隅に』等では「決して左傾的すぎない、等身大の反戦と人間主義」を描き、それはそれでも社会派のレッテルを招いてしまう危険性があるのだが、こうの女史の真なる実力は、戦争も原爆も、小さな花も貧乏なカップルも街中の花屋も、全て等価に描く「水平な目線」にあり、そこでの社会派的な側面が注視される直前期の2004年に描かれたのが、本作『さんさん録』なのである。

本作はまず、「家事豆知識漫画」として企画が練られ、そのプロセスで人物配置や設定が定められていった経緯があるが、主人公は、妻に先立たれてしまった、定年も終えた壮年の男・奥田参平。
そんな主人公が息子家族の家に厄介になるところから物語がスタートするが、妻と仕事を失い、それこそ「主夫」代わりとなって息子家庭で過ごすも、どうにも居心地も良くなく、自分の存在意義すら忘れかけていた主人公“参平”が、妻の遺品から一冊の記録帳を見つけ、そこで記述された通りに、参平が家事をこなしていくという立糸を軸に、奥田家のクロッキーを重ね描いていくという、ただただ“それだけ”の漫画なのであるが。

代替テキスト

第1話、自分がこの先、何を道しるべに生きていけばいいかを模索した、参平の頭の上に落ちてくる一冊の記録帳。その一説に付箋がはられていて「さんさん録」というタイトルが付けられていた。
この場合の「さんさん」とは、参平の亡妻が夫を呼ぶ時の「参さん」からきており、それを見つけた参平は、読み広げた公園のベンチで、今は亡き愛妻の言葉を思い出すのだが、それが今回の冒頭の引用である。
この漫画の、書評らしい解説は、あまり意味をもたない。

ほのぼのギャグあり、サイレント漫画あり、ハートフルな逸話ありの連載形態は、戦時中を扱った漫画や、現代のクズ男と天然女性のカップルを描いた『長い道』や、花屋を舞台に、元イケイケOL系女子と、天然系店長女性(この女性が、本作での息子嫁のモデルになってると思われる)とのドタバタの日常を描いた『街角花だより』などでも変わらぬ、こうの女史の普遍的な核であり、それはいつだって、状況と環境が人を育むが、せめてそこで、生きとし生きた“人”が皆、「この世でわたしが愛したすべてが、どうかあなたに力を貸してくれますように」と願い合う、そんな漫画で、こうの節は溢れているからである。

代替テキスト

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