満月の夜の犬神明を殺すことのできる者は、どのような手段によろうと、この世には存在しない。犬神明は犬神一族の生き残り。正真正銘の人狼なのだ。
ルポライター・犬神明はJean-Paul Belmondoによく似たルックスをしているので、ルパン三世だかコブラだかって、漫画の主人公連中と間違われるが、奴が元祖の「ベルモンドもどき」だ。
ところで、取り込み中のことだから、手早く自己紹介をしておくと、おれの名は市川大賀といって一匹狼のフリーランス・ライターだ。おれはいろいろ特技を持っているが、その一つは、汚物の臭いに敏感な犬みたいに、厄介事を嗅ぎ出す能力だ。自称・昭和ヒーローを愛する男だの、生まれてこの方一度も商業作品を手掛けたことがないにもかかわらず、業界に知人が山ほどいる徒手空拳の自称映画監督だの、そういう頭のおかしな連中に、ストーカーも裸足で逃げ出すような卑劣なロビー活動まで起こされて、それでもなんとかペン先ひとつで糊口をしのいでいる。こういう連中を引き付けるのは生まれつきの才能で、ひょっとすると例の超能力とやらの一種かもしれない。あちこちうろつきまわっているうちに、ひょっと気がつくと、厄介さんのど真ん中に飛び込んでいるというしかけになっている。
もっとも、おれはあまり困ったりはしない。トラブルはおれのビジネスだからだ。厄介さんを引き寄せる能力は、おおいに役立ってくれている。そのために多少いかがわしい噂をたてられてもしかたがない。
そんなおれのことなど、どうでもいい。皆が知りたいのは、この『狼男だよ』という小説が、どんな面白い作品なのかってことだろうな。
ひとことで言えば、どんな逆境にも苦難にも、顔色ひとつ変えずに高笑いする、文字通り“不死身”の“狼男”こと犬神明って奴が、おれと同じく、行く先々で厄介事や事件に遭遇し、そこでは裏社会のごろつきどもが跋扈し、内閣情報調査室の連中までが、夜の街の灯の下を駆け抜け、芸能プロダクションや政財界の裏側が牙をむき、拳銃の弾丸や鋭利な刃物が空を切り、ナチスよりは古代ギリシアに等しい拷問用具が血を欲する中を、颯爽と駆け抜ける、まあいわば、おとぎばなしとハードボイルドと変身ヒーロー漫画を、一緒くたにしたような内容だ。