本話で印象的となったバラージの街のセットは、東宝生田オープン撮影所で組まれた谷口千吉監督・三船敏郎主演の映画『奇巌城の冒険』(1966年)のメインオープンセットであって、実は『ウルトラマン』(1966年)のために組まれたものではない。円谷英二監督の手ほどきで、使用させてもらったのだ。
このセットの例だけではなく、ウルトラはその初期においては、円谷英二監督のコネクションの助けを大いに借りて成立しており、例えば、ゴメス・ジラースといったゴジラ型の怪獣が、そもそもゴジラの着ぐるみのカスタムであったり、『ミロガンダの秘密』での特撮セットが東宝の怪獣映画『フランケンシュタインの怪獣サンダ対ガイラ』(1966年)で組まれた特撮セットで撮影されたり、『ウルトラQ』(1966年)の『鳥を見た!』などで、東宝映画『空の大怪獣ラドン』(1956年)の特撮カットを流用していたりした。
また、人材面においても、『ウルトラQ』クランクイン第一作である『マンモスフラワー』を監督した梶田興治監督や、的場徹・有川貞昌・川上景司等々の各特技監督など、円谷英二監督の人脈と人徳によって招聘されたスタッフが、プロの作品の初期を、支えていたのである。
このように、まだまだ発足間もなかった円谷プロは、大御所にして映画界の至宝・円谷英二による、東宝との太いパイプやコネクションによる力強いバックアップを受けて、『ウルトラQ』『ウルトラマン』『快獣ブースカ』(1966年)といった作品群を、この時期に送り出していたのだ。
本話で共同脚本としてクレジットされている「南川竜」は、やはり円谷英二監督によって東宝からスカウトされた野長瀬三摩地監督のペンネームである。
当時は監督が自作の脚本を手がける慣習も多く、飯島敏宏監督(千束北男)、実相寺昭雄監督(川崎高)など、自作脚本で演出した場合では、オリジナルのペンネームを用いるケースが多かった。
本話は幻の街・バラージを舞台に、そこに住む魔物・アントラーとバラージの民の物語をベースに、ウルトラマンがかつてその地で「ノアの神」と呼ばれた存在であった、という逸話を盛り込んだ、幻想的な佳作である。
かつて繁栄した栄光ある国が、消え行く運命の中で見せる儚さは、これはもちろん金城哲夫氏の持つ、消え去った王国・琉球王朝の血が投影されているのであろうし、そこで融合されたのは、野長瀬監督の抱いていた「ヒーロー完全無欠願望」であっただろう。
ヒーローは、永遠不滅にして悠久の時の流れの中であっても普遍であれ、という野長瀬監督の願いは、ある意味で金城氏の中にあった、ウルトラマンの目指すポジショニングに最も近い姿であったかもしれない。
円谷プロの根幹を保つ、円谷英二氏以下の円谷家は、敬虔なクリスチャンとして知られているが、金城氏が生まれ育った琉球・沖縄は、シャーマニズムとアニミズム思想の国である。
(註:金城氏の家庭もクリスチャンであったが、金城氏自身の信仰はそれほど強くなく、生地の基礎風習である、アニミズムの方が根強かったという談話も多い)
そこには崇拝する偶像はなく、神聖にして侵すべからずな神もいない。
唯一、それに等しい存在が、沖縄の民の心の中にいるとすれば、シャーマニズムを形にしてもたらす「ユタ」や、「ノロ」と呼ばれる霊媒的巫女の存在だけであろう。
(ちなみに金城氏が『ウルトラセブン』(1967年))で書いた『蒸発都市』では、真理アンヌ演ずる女性の霊媒師が登場するが、その名前は「ユタ花村」という)