ここまで「既存のガンダムメカデザインでは突然変異的」なモビル・スーツは他になく、それでいて変形機構自体は、放映当時の1/220キットでこそ再現できなかったが、現代のHGUCではガザCやギャプランよりもシンプルに、かつ劇的な変形が可能になっている。
それもそのはず、そんなアッシマーのデザインは、まずは大河原邦男氏がラフを描いて、それを藤田一巳氏がクリンナップして完成されたわけで、上記した「ギリギリ『ガンダムのメカ』に見える記号としての『モノアイとモノアイカバー』は、大河原デザインには存在せず、藤田氏が描き足したものだと言われている。

確かに、頭部だけ見れば「あぁガンダムのモビル・スーツなのかな」と思えるが、実は「そこだけ」が大河原デザインでないことがポイントである

つまり、「新時代のガンダムには新時代のメカを」的な革新性は、最初の『機動戦士ガンダム』(1979年)でガンダムやザクを生み出した大河原邦男氏にこそ強かったと言えて、またその変形の確実性も、確かに歴代の主役メカ等で、大河原氏のメカはちゃんと玩具にしたときにアニメどおりの変形が可能だと評価されていただけのことがあると言えるわけである。

円盤型飛行形態には、専用のスタンドが付属してくる。見事に円盤型の美しい(?)完成形

今上で書いたように、アッシマーの変形システムは、実はそれほど難しいものではなく、放映当時はスモールサイズの1/220しかガンプラ化されなかったために、変形機構がオミットされただけであって(その代わり、なんと1/550というモビル・アーマースケールで、飛行形態のオプションが付属していたが)、2000年代の1/144のHGUC版では、『Zガンダム』の、どの変形モビル・スーツよりもストレスフリーで変形が行える優秀なキットとして完成された。
HGUC版アッシマーは、他の『Zガンダム』系変形型モビル・スーツが逃れられなかった「手首の収納」を含めて、真なる意味での「完全変形」を成し遂げている。
では、その変形プロセスを見てみよう(例によって『宇宙刑事』シリーズナレーションっぽく)。

アッシマーのモビル・スーツ形態正面

アッシマーの変形プロセスそのものは、その特徴的外骨格風装甲を見れば素人でも想像がつくが、そこは大河原デザイン。かのバンダイの村上天皇の変形ギミックにも通じるが、大河原変形はシンプルさの中にデリケートなパーツの再配置への配慮も忘れてはいない。

アッシマーのサイドビューとバックビュー

バックパックと腰ジョイントに、大河原変形のポイントが詰め込まれているが、モビル・スーツ形態からは、それは伺えない辺りがプロの仕事と言えよう。
さて、実際に変形させてみよう。

アッシマー変形その1

まずは両腕を外す。いや、大河原デザインに沿えば外さずにも完全変形は可能なのだが、ここでは画で分かりやすく解説するために一度腕を取り外しておく。

アッシマー変形その2

胸部アーマーカバーを展開させる。気を付けたいのは、この胸部アーマーカバーの軸となるパーツが、微妙にアーマーをスライドさせながらの展開になるため折れやすいということと、アーマーのロック爪が意外と固いのでここも折らないように注意を怠りたくない。

アッシマーの変形その3

ふくらはぎにある装甲カバーを外し、肘の接続位置を違うダボに付け替えて足の長さを短縮する。
要するにこのアイディアとギミックは後に、以前「『ガンプラり歩き旅』その58 ~イデオン編・6 現代に蘇った1/600 伝説の巨神2つ! 瞳こらせよ、復活の時!~」で解説した、スーパーミニプラ版イデオンのCメカの変形に継承されたというわけだ。もっとも『Zガンダム』でのアッシマーの変形は、劇中変わり身のような速さで行われるので、こうした模型独自の因数分解もあってもよいかもしれないが、イデオンの変形シーンにはロマンがあったわけで、このシステムをイデオンの変形に流用するのはいただけなかったかもしれない。

アッシマーの変形その4

頭部のカバーを閉じて90度曲げ、開いた胸部装甲の間に腰部を組み込むように折り畳む。この時背中のバックパックの位置もずらしておく。バックパックの意味ありげなカーブしたアーマー部分は、アッシマー円盤形態(ではない)の円を描く一端となるのだ。

アッシマーの変形その5

バックパックを180度後方に展開。頭部とバックパックのカーブに合わせて、拳を収納して畳んでおいた両腕を再度元の軸に取り付けて、飛行形態は完成する。

完成したアッシマー飛行形態

機体下部にビーム・ライフルをマウントさせれば、見事に「円盤獣・アマアマ」の誕生である(違います)。
旧1/220キットで、モビル・スーツ形態を分解して、この飛行形態に再構成した猛者がいたかどうかは記憶にはないが、基本的に外部装甲が円盤形を成しているからこそのこの見事なビジュアル転換であり、これこそが、大河原氏ならではの「ムーバブル・フレーム理論の理解の仕方」の到達点であったと言える。

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