その手前。70年代が、ギリギリ終わる瞬間までの話と、1980年になった瞬間の話を、ここで付け加えなければならない。
人間の社会、文化というのはおかしなもので、実質の意味などなくても数字に縛られる。覚えのある人は、2000年になった瞬間、もしくは21世紀になった瞬間に、記憶を馳せてみればいい。
閉塞した70年代。敗北と迷走と、屈辱の70年代が、そろそろ終わろうかという時代。日本映画はまだ「少女によるイノセンスさによる、戦後の汚れた社会の浄化」に、一縷の望みを託していた。それは、後に『風の谷のナウシカ』(1984年)以降のジブリアニメで、運命を切り開き躍動する少女を描くようになる宮崎駿監督が、『未来少年コナン』(1978年)のヒロイン・ラナや、『ルパン三世 カリオストロの城』(1979年)のヒロイン・クラリスでは、まだまだヒロイン像が「芯は強いが、か弱く儚げな、守らなければ、手折れてしまいそうな少女」であったことも、この「1980年の壁」を立証するという意味では有効な視点だろう。

『未来少年コナン』より
『ルパン三世 カリオストロの城』

そしてまた、そうした「社会の穢れの浄化」「イノセンスさ」の少女像は、後に大女優に成長する、薬師丸ひろ子のデビュー作、1978年の『野性の証明』でも、顕著で明確なテーマとして存在している。
まだ、この頃の薬師丸ひろ子は、与えられた台詞を懸命に棒読みするだけの、素人少女でしかなかった。確かに平凡ではない、磨けば輝く原石のような魅力を誰もが感じていたが、それはあくまで「磨けば」の域を出なかった。

佐藤純彌『野性の証明』


しかし、文字通り、年代が80年代に入った瞬間の1980年。デビュー二作目で主演を得た彼女は、一気に磨かれた。そして、Tatum O'Nealから遅れること4年。ついに「イノセンスな少女のまま、バイタリティと生命力と元気さで、スクリーンを駆け抜ける少女」が、邦画からも送り出された。主演の薬師丸ひろ子だけではなく、監督の相米慎二氏も、脚本家の丸山昇一氏も、全てが「初めての作品」である『翔んだカップル』が公開されたのだ。
そこでは、薬師丸演じる少女は、喜怒哀楽を全身で表し、迷い、悩み、駆け抜けた。

相米慎二『翔んだカップル』

そして同じタイミングの1980年に、世界中を魅了したフランス少女女優・Sophie Marceauが主演した『ラ・ブーム』(原題:La Boum)現象が、日本をも直撃した。

クロード・ピノトー 『ラ・ブーム』


『ラ・ブーム』は、物語構造こそ、古典的な『シンデレラ』系の作品だが、そこで主演したSophie Marceauは、当時まだ14歳にして、フランス映画独特の、アンニュイな空気感やカメラワークの中で、人生で一瞬しかないであろう、14歳ならではの表情や愛らしさを、鮮明にフィルムに焼き付けた。『ラ・ブーム』はフランス、日本のみならず、ドイツやイタリアでも大ヒットを記録し、主題歌「愛のファンタジー」は、日本でも記録的な売り上げをもたらした。
監督のClaude Pinoteauは、その大ヒットの理由についてコメントを求められ「若者たちが映画の主人公を同一視してくれたからだろう」と語っており、ここに80年代文化(後のおニャン子クラブなどの、アイドル文化も含む)を読み解くキーワード「等身大」が含まれていることも実に興味深い。
興味深いといえば、この映画の大ヒットに関して、『未亡人下宿』シリーズ等で、にっかつロマンポルノのエース監督になっていた山本晋也氏が、後の1982年のキネマ旬報誌上で「もろ、ロリータ・コンプレックス」と、語っているということも、非常に興味深い。

そう。実は「ロリコンブーム」は、この1980年から、山本監督がそのキーワードを発した、1982年前後までの、短い期間に急速に広がったムーブメントなのである。
発端は、今まで書いてきたように、表現の世界で「少女」が「妹」であったり、社会性のメタファーであったりした時代を越えて、等身大のまま、バイタリズムで、生身のまま駆け抜けようと、変化を遂げたところから始まったのだろう。
もちろん、少女ヌード写真集や、潜在的ロリコンなど、その発生は遡れば60年代、いやもっと以前に発露が読み取れるのかもしれないが、表現・創作カルチャー側が、少女を性愛の対象として組み込むことが、マネタイズされてビジネスに繋がるというシステム論を得るのは、この1980年代からになるのである。

しかし、どんな策略もプロジェクトもムーブメントも、下地作りは必要である。前回この項で述べた「疲れきっていた70年代」「映画や表現に対して、評論という行為で拮抗し続ける批評側が、敗北感の中でモチベーションを見失っていた時代」のツケは、80年代を迎えて、大きな波として襲い来るのである。

次回は「表層的ロリコン論Vol.3」

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