三つめは、これもこれでシミュレーションなのだが、二つ目と一番異なる点は、小松氏自身が完全に「主人公たちを放り込むクライシス状況そのものが、手段ではなく目的でもあるため、それを成立させるロジックを一切放棄したまま、与えられた状況と、とにかくその状況に放り込まれた人類(なり主人公なり)」が、どう「現実の社会システムや機能論を用いて」立ち向かうべきなのかをシミュレートしたジャンルになる。
境目がとてもあやふやなのだが、例えば『首都消失』はあくまで二つ目のカテゴリに入るわけだが、実はそもそもは、1964年に小松氏が書いたショートショート『物体O』という作品のセルフ長編リメイクであることも一部では有名だ。
『物体O』は、超巨大宇宙人の指輪のような物が地球に落下してきて、リング状のまま、すっぽりと東京を囲む形で着地してしまい、いきなり「首都」が「消失」してしまった中を、大阪が今度こそ天下をとれる的なドタバタも入った、ナンセンスショートショート風に描いた作品である。以前「『小松左京のSFセミナー』が遺したもの」でも書いたが、60年代はまだまだ、日本ではSFが文壇や大衆娯楽小説の世界では認知度が低い時代でもあったため、その中で一番に日本SFの現代史を切り開いたのが星新一氏であり、星氏の書くショートショートであったため「なるほど、SFとはショートショートのことか」という、間違った誤解を出版界隈に招いてしまい、そもそも長編で本領を発揮するタイプの、小松左京氏や平井和正氏や広瀬正氏など、SF作家とみれば、とりあえずショートショートの注文が行ってしまうという時期があったのだ。

その中では、小松氏の関西人らしい上方落語のセンスに似たものが功を奏し、イマドキの『世にも奇妙な物語』ではないが、ラストまで「状況」の原因が明かされず、与えられた状況への、人や社会のリアクションのみを描いた、『くだんのはは』『夜が明けたら』などが生み出され、例えば『物体O』も、一応オチにはエクスキューズはあるものの、物体Oの正体がなんであったのかなど、終わってみれば一番些細な謎であって、むしろ小松氏はそこで「トリガーが何であれ、とある瞬間を境にして、日本という国家から、東京という首都のみが消失してしまった時、政治、経済、外交などは、どのような対応が迫られるのか」への探求と思考実験へと邁進した結果が、Political Fiction SFともいうべき『首都消失』なのだが、それは『物体O』という、ナンセンス小話ショートショートと、小松氏の中では直列で繋がっているという面白さはある。

前置きが長くなったが、今回紹介する『こちらニッポン…』は、まさにその「『物体O』を『首都消失』に換骨奪胎しないまま、シリアス長編小説で、リアクションのシミュレーションに徹したら、物語はどう転ぶのか」のような逸品に仕上がっているのである。

物語の基本骨子は簡単だ。
人類がある日突然、消失したのだ。
何か、『復活の日』のように、人類が死に絶えていったわけでもない、『さよならジュピター』のように、地球ごと破壊されるという話でもない、本当に、そう、「たった今までそこに、いたはずなのに」蒸発してしまったのだ。
それも人類の99%近くまでもが、一瞬に。

誰もが「なぜ?」と思うだろう。
同時に「しかし、そこは『日本沈没』の小松左京氏のことだ。最後まで読めば、声を上げてうなりながら、膝を打つレベルで、納得のいく『人類消失の原因』が明かされるに違いない」とも思うだろう。
しかし、小松左京という人は、本当に恐ろしいまでの天才である。
読み始めた読者の、100人のうち100人が、そこにまず引っ掛かりを覚えて、それが最大の謎であり、それを解き明かさなければ、100人全員が怒り狂うだろうという始まり方をしておきながら、その先で、「なぜか」消え残ってしまい、全世界に一人取り残されたと絶望するしかなかった主人公の福井が、浜名湖サービスエリアから、バイクに乗って大阪にかけつけた啓子と出会い、ストックホルムシンドローム的な状況の中で、ラブロマンスめいた展開もある中、徹底した事前取材で描かれる、マンパワーシステム不在の社会構造における、インフラの維持や災害対策、通信連絡網の重要性とその限界などが、あたかも「今ここで起きている事実」のように描かれて、そのうち「そもそもなぜ、こんなことになってしまったのか」への興味が、100人中86人辺りまでは、どうでもよくなってしまう展開をするのだ。
さらに、それでも残った14人は、物語ラスト「仕方ないなぁ。やっぱ謎は、解いとかな、あきまへんか?」的な、小松氏独特の、人を食ったようなセンスで(ちらりと)明かされる謎の正体に、あきれ果てつつも、なるほど、こりゃ、そもそも謎の正体なんかどうでもいいんだよねと、妙に納得させられるオチが待っているのである。

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