ある意味、究極の「80年代リアルタイム性」で言えば、第46話『サンタが街にくり出した』では、本物のサンタクロースが日本に訪れた顛末を、辰吉ともえの日常とのザッピングで、非日常的な要素を描くのだが(これ自体は頻繁に見られたネタ傾向であるので、決して『風呂上がりの夜空に』は、日常系ではない)、そこで徹底的に「あり得ない」存在のサンタの存在やとことんコケにされる悲喜劇と並行して、冬休みの夜にテレビをつけっぱなしでゴロゴロする辰吉ともえが交互に描かれる。

二人が見ているテレビが、まだ「金曜チェック」というバラエティ要素コーナーがあった頃の、久米宏の『ニュースステーション』から始まって、バブル期深夜のニッチなハリウッド(の、ハリウッドによる、ハリウッドでしか公開されない)映画を紹介する、アメリカのテレビ番組『ショウビズ・トゥデイ』に移り、結局オチの部分ではCNNニュースになるという、まさに「金曜日の夜の、テレビ朝日という、当時をテレ朝圏内で体感した人にしか分からないネタで埋め尽くされていて、しかもそれが微妙に(無関係だと思われていた)サンタ騒動と、最後のオチでリンクするという、当時を知らない人には今一歩ツボが掴みにくいネタに終始している辺りは、逆に痛快である。

代替テキスト

閑話休題。
ヒロイン、もえの存在感と、彼女を「笑顔で行動」させた原動力としての「誰も信じない、誰も認めないかもしれないけれど、そこに“動かない事実”はあったんだ」への頑なな信心。
最終回近くになって初めて語られる、もえの「第一話以前の中学生時代」の「環境」。
自分自身が、生々しすぎる「理解し合おうとしない両親の、間に挟まれたサンドバック」の状態に居続けようと、生意気だ、笑え、笑うな、という、エゴと残虐性の塊の「イジメ」の渦中にあっていようとも、そこで彼女を救ってくれたのは、誰も信じない、誰もまともに取り合わない「本当のこと」であった。

「土手を転がり落ちてきた女の子を助けた」のも本当で
「自分がけがしたのに ヘラヘラ笑ってどっか行っちゃった」のも本当で
だからその「男の子」は 絶対に本当でさ

第57話『symbolize』

そう笑いながら信じながら、少女は必死に、鏡に向かって涙を流しながら、やはりこちらもRCサクセション 忌野清志郎氏の名曲『君が僕を知ってる』を歌う。

忌野清志郎& Chabo 『君が僕を知ってる』

もえは鏡を見つめながら口ずさむ

♬どーってことないぜ
♪まるで気にしない
♬君が ♬僕を ♬知ってるゥ

第57話『symbolize』

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