「この間違い」が、ULTRA-ACTやアクションヒーローで起きたのであれば、そもそも間違いとして認知されなかったであろう。
些細なことまで拘って成し遂げると、その些細なことが縛りとなって、明確な間違いへ向かってしまう。
つまり、例えば『ウルトラマンタロウ』(1973年)を大好きな人がいたとして、ウルトラ6兄弟をアクションフィギュアで揃えようとした時、ULTRA-ACTやS.H.Figuartsのウルトラ兄弟を6人揃えても「違う」になることは明確なのだ。

『ウルトラマンタロウ』や『ウルトラマンレオ』(1974年)に登場した、ウルトラマンやゾフィやセブンや新マンは、主役を張った時のマスクやスーツとは、造形がかけ離れていて、スーツアクターも全く異なる。
筆者の個人的な予測では、そろそろ「完全再現原理主義」も度を超すと、やがて「第二期客演バージョン」で、ウルトラ兄弟のアクションフィギュアが発売される日がくるのではないかと思わせられる。
写実性の究極は、解釈の幅を狭める。「それ」を迫真でやられてしまうと、例えば上記した、ULTRA-ACTのセブンやレオのVer.2は、どれだけ可動が進歩していても、昭和の名場面再現には使いたくないと思ってしまうのだ。

というか、造形で言えば。「S.H.Figuarts 真骨彫製法ウルトラマン」は、その造形の方向性や究極志向を全部「Cタイプウルトラマン」へと「全振り」しているので、『ウルトラマン』本編を見慣れた人であればあるほど、「このウルトラマン」が、バルタン星人やゴモラと絡むだけで、違和感を抱いてしまうはずなのだ。映像では、バルタン星人と絡んだのはAタイプである筈だし、ゴモラを倒したのはBタイプである筈だ。そこを考慮して「最大公約数」に着地していたULTRA-ACTの真逆を行く「S.H.Figuarts 真骨彫製法」というコンセプトは、映像作品の原作に真面目に向き合ってるファンほど、遊びの選択の幅を狭めてしまうのである。
その上で、まずあり得ない話なのだが、筆者は『光の国から愛をこめて』で、『ウルトラマン』全39話の再現特撮をもう終了している。
一度終えた再現特撮を、新規アイテムでやりなおす「リベンジプロジェクト」という企画を、まだ余裕のあったブログ時代は『ウルトラマンA』(1972年)第一話等で行ったが、『ウルトラマン』『ウルトラセブン』に関しては、セブンの未着手回はともかくとして、基本的に一度全部を「やりきった」感があるので、まず「S.H.Figuarts 真骨彫製法ウルトラマン」を買い求めてまでやり直さないのだ。
しかも、そのフィギュアはS.H.Figuartsなのだから、対戦相手も限られてくる。CタイプになったウルトラマンがS.H.Figuartsの大きさでサイズが見合うアイテムは、同じS.H.Figuartsのゼットンと、旧バンダイソフビのウーとジェロニモンとスカイドン、キーラとシーボーズぐらい。なので「出来が良いフィギュアでも、『光の国から愛をこめて』の再現特撮という目的の為に必要がなければ買わない」という法則が筆者にはあるので、これには手を出さなかったのだ。

可動に関しても。
筆者は、まだガンプラに関しては、一応メカだけに、どんなポーズが出来ても困りはしないが、こと実写ヒーローのリアルアクションフィギュアに関しては、スーツアクターがとれないポーズや、原作映像でとらなかったアクロバットなポーズをとれても、なんの価値も喜びも感じないのだ。

なので、今回のこの、S.H.FiguartsウルトラセブンVer.1に関しても、例えば開脚の広げ幅がそれほどアクションフィギュアとして優秀とは言えない(むしろ開脚だけならアクションヒーローの方が優秀)が、実際にウェットスーツ生地のセブンのコスチュームを着た上西氏が、床陸上のメダリストのように開脚が出来るとも思えないわけなので、筆者的にはこれ以上「ウルトラセブン」の「開脚の幅」が広がることに魅力を感じないのである。
また、ULTRA ARTSの多くが、首が上を向き、飛びポーズが再現できるようになっているが、ウルトラマンヒーローの飛行シーンは、昭和は全て、着ぐるみではなく独立したミニチュアが画面狭しと飛び交ってたわけであり、それを着ぐるみのフィギュアが再現出来るというギミックには、何の魅力も感じないというのが正直な本音であろうか。

後、問題なのはそのサイズであろう。
これは今後の『魁!オモ写塾』の次のメインテーマになるのだが、オモ写遊びは、例外としては、ウルトラマンと全く異なるサイズの怪獣アイテムを、画面上で合成するのももちろんありなのだけれども、基本的には、物理的にスケールの合う対戦相手がなければいけない。
それでも、一枚を念入りに作り上げていくデジラマの達人タイプの人であれば、対戦相手が数体あれば、じっくりコトコト遊べるとは思うが、筆者のように、一枚単位のクオリティよりも、枚数をガンガン作って、様々な怪獣や宇宙人と絡ませたい場合、そこでは「組み合わせの達人」になる必要が出てくる。

「組み合わせの達人」これは次回以降のパワーワードになるのだけれども、フィギュアマニア、特にウルトラ系は、ULTRA-ACTで造形作風に振り回されすぎたので、写実性への傾倒が激しいが、実はそこでの「写実性」は、ウルトラマンと怪獣が並んだ時の両者のバランスにも求められる要素なのであって、だから時としては、フィギュアのクオリティ単体ではなく、適したサイズ、スケールの敵キャラフィギュアとの組み合わせが巧く行けば、フィギュアの出来を凌駕した「画としての写実性」を手に入れることが出来るのだ。

今回「オモ写の為の連載」で、まだ「ウルトラセブンのアクションフィギュアの歴史」という「老害オタクの知識自慢」を読まされてると思うかもしれないが、今語った「画としての写実性」を強調する意味でも、あと一回だけ、次のフィギュアの解説に移りたい。
「それ」は一見すると「サイズが小さすぎる故に、造形レベルはオワコンのアクションヒーローレベルの域を出ない」と一刀両断されるかもしれないが、実はオモ写界にとって、意外なる伏兵として有効になるかもしれない重要な価値をもったシリーズなのである。

次回「魁!オモ写塾・7 「ウルトラセブンアクションフィギュアの歴史・7」「10㎝のフルアクションウルトラセブン」」

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