アニメの創られ方
ここではまず、アニメの作品成立過程を表層的に整理してみよう。
この場合、原作をもたないオリジナル作品であったとする。
まずは、監督と脚本家が打ち合わせて、次の話をどうするかを決める。ここは実写と同じだ。
しかし、アニメの場合は、しばしば実写作品では飛ばされてしまう「絵コンテ作業」が必ず行われる。どのカットがどんなアングルで、何を写して写された登場人物はどんな演技をするのか。実写なら、そこまでコンテを練らなくても、撮影本番に、セットにカメラを複数台持ち込めば、適度に同時に撮影したあと、編集段階で自在に変更できるカッティングでフィニッシュワークさせることも充分可能ではある。しかし逆に、一事が万事「無から有を生み出す」アニメでは、どんな画をどのアングルで何秒必要なのかは、事前に綿密に練られなければならない。作画班は、そのコンテに忠実に作画をするのだから、富野監督も自著でこう語っている。
このコンテによってフィルムの完成された姿の八十パーセント方が分かってしまうという意味では、これは演出の仕事である。
アニメージュ文庫『だから僕は…』富野由悠季
以前に、さきまくら(引用者註・出崎統監督の別ネーム)監督が言っていたことだけれど、フィルムの60%~70%を決定するのがコンテだ、と言っていたことがある。
(中略)
確かにフィルムの主張を決定する作業段階ではある。だから、コンテに演出の主義主張の全部を叩き込もうとする。
アニメージュ文庫『だから僕は…』富野由悠季著
そして、作画。
アニメは画が命であり、作画を請け負うアニメーターは実写映画でいうところの、カメラマンでもあり、美術でもあり、そして「コンテで指示された演技を表現する」という意味では、俳優でもあるといえた。実際、『鉄腕アトム』(1963年)で初めてアニメの世界に入った富野由悠季氏は、当時『鉄腕アトム』を制作していた虫プロ内部で、こんな格言がまかり通っていたと自著で記している。
アニメーターにあらずんば、人にあらず
アニメージュ文庫『だから僕は…』富野由悠季著