それは、映像派・芸術派と呼ばれて鼻を高くしていた、新進気鋭ディレクター・実相寺氏にとってみれば、屈辱であったろうし、不愉快な人事であったに違いない。

しかし、当時の実相寺監督はTBSの社員であり、社員にとっては社命は天命に近い絶対命令。

そこでどんなに忸怩たるものを感じていたとしても、だからといって逆らうわけにはいかないのは、宮仕えの経験がある読者諸氏になら、納得がいく構図であろう。

けれど、当時の実相寺監督は、そのテレビ会社の社員というスケールに収まらない、才能と気炎と、自負と自意識があったのも事実。

そのアンビバレンツな自我意識が、出向先で巡り合った『ウルトラ』という、芸術派にとっては二束三文のジャリ番組において、まるで70年代のスポ根型破り漫画『侍ジャイアンツ』の番場蛮のような「腹破り意識」として開花したとしても、不思議はないのである。

そこでわざと「お約束違反」を意図的に行い、それによって「くだらないジャリ番」に淀んでいる意識を攪拌して、スタッフや製作体制に揺さぶりをかけ、そして、やはり新進気鋭の鬼才ライターだった佐々木守氏と組んで、ゲリラ的テロ展開をシリーズの中で起こすことで、作品の内外で騒動を巻き起こし、「実相寺昭雄」という名前を、先鋭的に周囲に刻み込ませる。

そしてやがてその行為は、円谷とその作品体制を揺るがし続けることで、円谷のキャパや管理をはみ出る結果を呼び覚まし、あえてそこで円谷を放り出されれば、また元の一般ドラマの世界に戻ってくることができるのだと、円谷出向時の実相寺監督の脳裏に、そんな計算や打算が働いていたとしても、なんら不思議はないのである。

しかし『侍ジャイアンツ』の番場蛮が、同じようなモチベーションで、巨人軍というチームを内側から引っ掻き回し、古い体制を揺さぶり続けていく過程で、その巨人軍という器へ愛情を持ち始め、誇りを持っていったように、実相寺監督も晩年は、金城氏が編み出したウルトラという世界への、愛着と誇りを持つようになっていくのだが、そこへの過程には、もうちょっと生臭く等身大的な「実相寺監督の不遇時代を支え続けたのが、氏の一般映画のファンではなく、ウルトラファンだったから」という理由付けもあるのではある。

だが、それらを語るのは、やはりまた別の機会に譲りたい。

本話当時、ジャリ番作品出向への不服と不満を持ちながら「すまじきは宮仕え」精神で、円谷へ向かった実相寺監督を、さらに絶望に追い込んだのは、「特撮作品は職人の世界であり、特撮現場の古い職人には、本編ドラマ監督ごときは逆らえないという構造」であった。

この辺りは実相寺監督が後年書いた小説『星の林に月の船』で顕著であるが、本話に限って付け加えるのであれば、ガマクジラの造形もまた、実相寺監督を失望させたという。

本話で、実相寺・佐々木コンビが目指していたのは、真珠という「美」と、怪獣という「醜」がおりなすコントラストであり、それをゴダール的な映像描写で、ギャップを表現したいというコンセプトがあったが、いざ撮影に挑もうとした実相寺監督は、実際に特撮現場を訪れて、プールにぷかぷか浮かんでいるガマクジラの実物を見たときに、眩暈にも似た絶望を感じたという。

初期ウルトラシリーズでは、脚本が出来た段階で、本編監督とデザイナー(初期のケースでは成田亨氏)で打ち合わせを行い、それはもちろん本話では実相寺監督が行ったわけであるが、その打ち合わせのデザイン段階では、監督の想起する「醜悪な権化」としてのガマクジラが出来上がっていたのではあるが、完成した着ぐるみは、とても実相寺監督が求めていたイメージとは程遠く、その呑気な面構えと造形は「まるで女子高生が抱きかかえる縫いぐるみのような印象だった」と、実相寺監督は後に語っている。

これはやはり、種を明かせば、円谷英二監督やデザイナーの成田亨氏の中で、既に確立されていた「子どもに醜い怪物を見せたくない。ウルトラはファンタジーであれ」が根底にあったからこそ、あえてそうなったのであり、決して造形技術やスキルが、実相寺監督の求めていたレベルに達していなかったわけではない。

円谷プロを、なによりも大きく包み込んでいたのは、もちろんそれは円谷英二監督の理想と理念であり、それは、テレビ局の若手ディレクターごときが異を唱えても、誰もそれを覆すことに、手など貸さなかったのが現状である。

後年は実相寺監督も、そういった円谷英二的価値観への同調を示し、円谷監督と、そこに集った信望者達へのリスペクトを口にするようになるが、ウルトラ参加当時は常に、そこへの違和感を感じつつ、常にどこかでそれをひっくり返そうとしていたことは、例えばそれは『ウルトラセブン』で永久欠番となった第12話『遊星より愛を込めて』での、スペル星人のデザインを巡っての、成田亨氏との確執エピソードでも伺えて、現実に成田氏は、このトラブルを直接のきっかけの一つにして、ウルトラデザイナーを降りて、円谷プロを去るのである。

実相寺監督をして「夜7時代のテレビの世界に、アナーキズムを初めて持ち込んだ」と言わしめた佐々木守氏の功績と共に、この『光の国から愛をこめて』でも、この異質なコンビの特異性と功績は、いずれゆっくりと取り上げたいと思っている。

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