佐々木作品にはそんな「怪獣」たちが、いつも悲痛な叫びを見せていた。
円谷プロが1968年に制作した特撮ドラマに『怪奇大作戦』がある。
作品世界は、毎回起こる怪奇な心霊事件をテーマに、それを特務機関SRIが暴いていくと、必ずその裏には、人間が生み出した科学と怨念が犯罪を生んでいたという物であり、多少の例外(それは特に市川森一作品に多かったが)を除いては、毎回その基本フォーマット通りに話が作られていた。
佐々木氏がその『怪奇大作戦』で執筆した、第5話『死神の子守唄』もまた、もう一人のジャミラを描いた作品だった。
毎晩毎晩都内で、若い女性が一瞬にして氷漬けになって死んでしまうという怪奇事件が巻き起こった。早速調査に乗り出すSRI。
やがてSRIの捜査員・牧(岸田森)は、若き科学者吉野(演ずるは岸田森と同じ劇団六月劇場の名優・草野大吾)の存在に辿り着く。
恐怖の連続殺人事件は、吉野による人体実験だったのだ。
吉野の妹は戦時中、母のお腹の中で体内被曝を受けて、白血病で余命がいくばくもない。
吉野は妹を治療する為の冷凍光線を開発。毎晩それを実験する為に、関係もない娘達を標的にしていたのだ。
追い詰めた吉野に、一人の科学者として良心を問う牧に、吉野は答える。
「科学が何をした? 原爆や水爆を、発明しただけじゃないか!」
しかしだからといってそのやり方は……と口ごもる牧。
「間違いだと? しかし俺がやらなかったら、いったい誰が妹の白血病を治してくれるんだ!? 日本の国がか? 原爆を落としたアメリカがか? お笑いだ! 誰も何もしてくれやしない!」
だからといって、罪もない娘達を巻き添えにするべきだったか?
その牧の問いに吉野は反論した。
「じゃあ俺の妹に罪があったのか!? あの子はまだ母親の腹にいる時に……。誰だ! 誰があの子を犠牲にしたんだ! 答えられるか君に!」
絶句するしかない牧。
やがて吉野は機動隊に包囲され、押し潰されて、パトカーに乗せられて去っていく。
それを呆然と見つめていた吉野の妹は「死ぬのはいや! 」と叫んで、自分で銃口を自分に突きつけ、冷凍光線を自らに浴びて凍って死んでいく。
シナリオの最後には「その周りに樹氷が美しい」とだけ書かれてあった。
ジャミラが襲った山村も、清二が刺し殺したサラリーマンも、吉野が殺した娘達も、皆、彼らを悲しみと絶望に包ませた直接の加害者ではなかった。
しかし佐々木氏は「そこに哀しみと、排除があった事実を知らずに、のうのうと生きている者こそが、復讐の対象になるのだ」という真実を知っていたのだ。
クラスでイジメを受けている子どもが真に呪うのは、自分をイジメた同級生ではない。
自分の悲劇を想像もしないで街を歩くカップルや、テレビの中でおどけてみせるタレントなのだ。
そしてジャミラを、清二を、吉野を最終的にねじ伏せたのは、ウルトラマンや官権力といった、圧倒的な「力」それだけだった。
人間社会が皮膚感覚としてもたらす差別という認知を、佐々木氏は後にこう述べている。
「差別されてきた人間の抗議は全て正しい。私が抗議されるようなものをつい書いてしまうのは、差別されたことがないからですよ。経験のないものは抗議に反論することはできない。そう思うことにしているんです。差別はいけないなどと言うと、偽善的に聞こえるかもしれないけれど、それは僕自身への戒めでもあるんです。つまり僕にも差別意識はあるんです。人間には悲しいかな、自分とは違う存在を認めたくないという気持ちが、程度の差はあってもあると思うんです。それといかに戦っていくか、それを問題にしたいんです」
しかし佐々木守作品で描かれたのは、差別され排除されたまま、息絶えていく者たちだけではなかった。そこで恐るべきバイタリティでのし上がり、高笑いをする猛者も描いていたのである。